今の私だってじゅうぶん私らしい。というか私なのだ
自分らしく、わたしらしく
そういうフレーズをいっぱい聞くようになったのはいつからだろうか〜
そうありたい、と自分を知るためのセッションを受けたり心理学を勉強したり、、
私にはもっと活躍できるフィールドがあって
ハッピーな世界があると思って
気になるところから読む
人の本質的な中身はそう変わらない
わたしで言えば、10年前とは全く違う暮らしをしてるから、なんか面白いなぁと思う
1年、2年、、と時がすぎ、だんだんと歳を重ねて、いま思うのは
私の中身は何ら変わっていないのでは?ということ
変わったのは、ものの見え方だったり捉え方だったり。成長とはそういうものかもしれない
人の本質的な中身はそうそう変わらないし、変える必要もきっとない
自分らしい、というか自分
昔、心理学の先生とランチをしていたときに、本当の自分らしさって何だろう〜(悩)みたいな話になって、
そしたら先生は
「今もすでに自分らしいんじゃない?というか、”らしい” じゃなくて自分そのものでしょ。そうやって自分って何だろうとか考えちゃうところも含めてさ」
と言っていた。。。
そして今となっては、先生のこの言葉の意味がすごくわかる気がする
占星術でみると
たしかに、わたしは自分そのものをあらわす1ハウスにきつい星がいっぱいあるので、自分をそのまま出す!みたいなのにかなり抵抗あるし、自分とは?とか人より考えがち
自分らしさを真剣に考えてしまったりするのは、だいぶ自分らしいのです。というかもう自分、笑
あと、”自分らしい”ということを元気で、輝いていて、活躍していて、やさしくて、安定してる。そんな良い部分しかないすごい自分を思い描いていたとも思う(そうでない自分は自分らしくない行きに、、)
“自分らしい”を、遠目でみるとびっくりしますね。当時は本気でそう思ってました
思い描いてる自分は、ほんとは全然なりたくないかもしれない
そしてこれまた驚きなのが、そういう元気で輝いてて〜みたいな人を、わたしはそんなに好きじゃないかも?ということ(爆)
もちろんそんな人がいればステキに違いないんだけども、スポーツマンが好きか?インテリが好きか?ぐらいな好みの話として、わかりやすく明るいとか元気とか、そういうのがあまり好みでないのです。。。ちょっとわかりずらいぐらいがいい
もっと言えば、そんな元気で輝いてる系の自分にはなりたいとも思っていなかった
どちらかというと、ホッとする静かな場所で、自由に、興味あることをのんびりと楽しめる自分がいいです(地味に)
そういう風に生きてる人もすごく好き
ゆるっと、ときにふざけて、、そんなぐらいがちょうどいい
落ち込むし、人の言葉も気になるし、病気がちだし、イライラもするし
そういうのは全然”自分らしい”に入ってなかったけれど、それも含めて人間ぽくていいなって今は思う
これが自分なのだ(らしいじゃなくて)
ホロスコープを見れば、自分の中に不安定さもあるのがわかる
占星術では私たちはみんな10個の星を持ってると考えるけれど、、どうしても星は吉凶は分けられる
金星や木星は楽しいけれど、火星や土星はしんどくなりがち
星配置だって、平和な角度もあれば、緊張もある
うん、わたしの中にはいろいろある
だから明るく感じる部分も、暗く感じる部分も、どっちも自分だということ
親も完ペキでなかった
昔、小さいときは親って大人で完ペキな人だとどこかで思ってたけど、、
実際に自分が母親になってみたら、子どもすぎるし抜けてるし、これでお母さんやっていいのか?って思うこともたくさん。。
“自分らしい”も同じで、完ペキな自分のイメージとつながっちゃっていたら、それはきっと違う
ダメだとこもありながらも、毎日できることをやって生きてるのだよ!
ちょっと何が言いたいのかわからなくなってますが、、笑
いま、この瞬間の自分も十分私らしい、というか自分なんだ!って思えることは、ホッとする。ハッピーでもどんよりしてても、それはどちらでもいい
もうそれしかないのではないだろうか